佐々木静子(ささきしずこ)
22年前、埼玉県所沢市で起きた「富士見産婦人科病院事件」は女性の子宮を食い物にした医療犯罪であった(2000年6月原告は勝訴し、病院ぐるみの乱診乱療が認められた。現在高裁で訴訟続行中)。営利目的での正常な子宮や卵巣の摘出は論外だが、私は被害を受けた女性たちの裁判支援にかかわるうちに、安易に子宮や卵巣の摘出を許していた背景に気づかされた。それは「産婦人科医療が男性のもつ価値観でつくられてきた」ということであった。子どもを産めない子宮や産み終わった子宮、病気やトラブルを抱える子宮は価値がないからもっている意味がないとされてしまう。しかし、それだけではない。
出産の現場では「ウィークデーの日中に済むよう」陣痛促進剤を使うことが当たり前になっている。女性に生理的に備わった「産む力」は尊重されず、医療側の都合が優先される。毎週火曜日の午後1時が最も出産数が多くなっている統計がそれを物語る。更年期の女性はすべて「内分泌障害」と定義され、一生ホルモン補充療法の対象とされる。白髪やシワはあってはならず、セックスに苦痛を感じる女性は価値がない。ピルは女性が主体的に選べる副作用の少ない確実な避妊法として勧められている。病気の治療ならいざ知らず、避妊のためだけにホルモン剤を服用することは、女性が一方的に負担を強いられることだ。
セックスで最も尊重されるべきは、対等な関係性と平等に責任を取ることであるはずなのに。性暴力被害やDV被害(夫や親しい人からの暴力)が女性の心身の健康を大きく損なってきたのに、医療はそれにまったく無関心でいたことに気づき愕然とした。
女性の健康と安全に本当に役立つ産婦人科医療は女性の目でもう一度見直されるべきだ。医療者は「ジェンダー感覚」に敏感になること、利用者は「ジェンダー神話」を払拭することから始まると思う。
プロフィール
まつしま産婦人科小児科病院院長。NPO「女性の安全と健康のための支援教育センター」副代表理事。「富士見事件」の被害者支援で、産婦人科医療は権力者と弱者の関係だけでなく、男性と女性の力関係やそれを支える社会構造に大きく影響を受けていることに気づく。女性の視点にたった医療の実践に取り組んでいる。