川嶋瑤子
時代の社会秩序、価値観が急激に根底的に変わろうとしているとき、抵抗は付き物である。ジェンダー関係は今、急激な変化の渦中にある。1999年に「男女共同参画社会基本法」が成立・施行され、地方レベルではこれまでに39都道府県83市区町で制定されたが、(2002.12.13現在 男女共同参画局把握分)、最近反動が強まっている。「個人の自由な選択、能力発揮を可能とする社会の形成」「性差別・偏見の撤廃」は抽象的な原則としては受け入れられても、より具体的な生活レベルでは、男女特性論の縛りはいまだに強く、伝統的な性役割を土台とする家庭、職場秩序の崩壊、既得権の喪失への恐怖は深い。
現在の進展についてポジティブに考えれば、ある意味では、ジェンダーがいかに社会制度や意識の構成要素として深く広く作用しているかをすべての人に考えてもらう機会になるかもしれない。職場における性差別だけでなく、女性への暴力や性犯罪の増加、ポルノや買春による女性のセクシュアリティの搾取等々、我々の日常は重大なジェンダー問題で取り囲まれているにもかかわらず、これまで、ジェンダーの社会関係の分析視点は大衆メディアにおいてあまりに希薄あるいは縁辺的だったのだから。
気になるのは、反対論者による論点のすり替えである。例えば、「性別にかかわりなく」は性差の解消になるとか、ジェンダー・フリーの行き過ぎだという。性差の完全否定を主張しているのではなく、性差がしばしば性差別的社会の中でつくられたものであること、そのような性差を理由として性役割の固定化や性差別が維持されていることを問題とし、その束縛からの解放をめざしているのである。ただ、ジェンダー・フリー、ジェンダー・ブラインド、ジェンダーレス、さらにジェンダーにセンシティブ(敏感)とさまざまな表現の混在が混乱を引き起こしている面もあるかもしれない。論点のすり替えをさけるためにも、またメディアによる正確な報道のためにも、ジェンダー・フリー概念の精緻化と一般への周知活動が必要であると思われる。
プロフィール
お茶の水女子大学客員教授,東京大学非常勤講師,国立大学協会「国立大学における男女共同参画推進報告書」を作成したワーキング・グループ委員。