松本侑壬子・ジャーナリスト
『一票のラブレター』(イラン・イタリア合作映画/100分/ババク・パミヤ監督)
アメリカのイラク爆撃開始が取り沙汰されている昨今、同じイスラムの隣国イランのこんな愛すべき映画を見ると、やっぱり戦争よりも選挙だよ、と呼びかけたくなる。イスラムの伝統社会での民主主義への問いかけと兵士の恋愛以前の淡い恋心を描いた内容はすがすがしく魅力的である。
キシュ島はどこまでも青い空と海の間にぽっかりと浮かんだペルシャ湾の離れ小島だ。ある朝、空からパラシュートにつけた投票箱が投下され、海からは小船で選挙管理委員が上陸する。今日は国政選挙の日である。いつもはのんびりとした勤
いや、緊張のせいばかりではない。彼は不機嫌だ。なぜって、上陸したのは黒いベールの若い女性で、投票箱を手に「警護して」と言うのだ。
てっきり男の役人が来るものと思っていた兵士はまだ女学生のような委員に「女の命令になんか従えない」と反発するが、彼女はけろりとして取り合わない。そのちぐはぐさが何ともおかしい。
会話らしい会話もなく2人はジープに乗りこむ。島を一周して夕方5時に迎えの船が来るまでになるべく多くの投票を集めるのだ。「1票が世の中を変える」と民主主義の啓発の使命感に燃える管理委員だが、この島の現実は厳しい。ジープを見て逃げる島民に兵士が発砲、かえって反発を呼ぶ。30人もの女たちをトラックに乗せてやって来た男は、字の書けない女たちに代わって自分が全員分の投票すると言う。女たちからは12歳になれば結婚できるのに、なぜ投票はできないのかと問い質される。沖合いの船までボートで投票を呼びかけに行くと、少女が外国人に嫁いで違法に出国しようとしていた。少女を連れ戻し、ジープで故郷の村へ送り届ける。男たちが出払った村では女たちは男たちに聞かなければ選挙はできないと投票を断る。別の村では地域一帯を見事に取り仕切っている女地主に相手にもされない。「君の持論はどうした?」と兵士に言われて、「あの人には選挙の必要がないのよ」とつぶやかざるをえない。町の人が集まっている墓地へ行くと、そこは女人立ち入り禁止。墓の外で待っている女性には「あなたは自分のために票を集めているだけよ」と言われる始末。住民の意識の啓発どころか、理想と現実のギャップの大きさの前で次第に言葉に詰まり自問し、立ち往生してしまう。それでも誠実に懸命に使命を全うしようと奮闘する管理委員に、次第に兵士は気持を寄り添わせていく。そして最後の思いがけないクライマックスへ。
ところで、イランの実際の総選挙の投票率は80%(2000年)。日本の2001年の参院選の56・4%と比べてもはるかに高い。フィクションとはいえ、高投票率の陰にはこんな無名の女性委員の涙ぐましい努力があるのだろうか。少なくとも女性がベールをかぶるイスラム社会の民主主義は遅れているなど私たちは声高に言えるものだろうか。この作品のテーマは、民主主義の闘いや女性解放と因習ばかりではない。別れの前に「年に4〜5回選挙があればいい」という兵士の言葉は、無骨な彼が始めて知る淡い恋心の表れだ。海と砂漠の旅に芽生えたういういしい想い…ドラマチックな心理劇にババク・パヤミ監督、35歳の若さが光る。