対馬ルリ子(つしまるりこ)
性ほど、この数十年の間に価値観がすっかり変わってしまったものはないのではないだろうか?その昔、性交は、結婚した男女が生殖を前提として行うものだった。性は、恥ずかしいもの、品がないものと考えられがちだった。また、ちょっと前の若者にとっては、性は恋愛と分かちがたく結びつき、本当に愛し合う男女の間で初めて価値をもつものと信じられていた。しかし、今の十代にとってはどうだろうか?性行動はもしかしたら「誘われたらするもの」「みんながするからするもの」になっていることさえあるかもしれない。
また、これまでは男女で性のスタンダードは異なっていた。男性の性は「男の下半身には責任がない」とされ、複数の女性と関係をもつことは許容される一方、女性には貞操が大切であり、性に積極的であってはならないと教育されてきた。しかし、この数十年来、世界的には、WHOやIPPF(国際家族計画連盟)を中心に、性教育は科学的知識の普及と性犯罪予防、そしてリプロダクティブ・ヘルスの自己決定を育てようとする方向に向いている。それが、若い世代の中絶率を減らし、性感染症の蔓延を防ぐという具体的な効果をあげてきた。
新しい健康の権利〈リプロダクティブ・ヘルス/ライツ〉では、子どもはどんなに小さくても、理解度に応じた正しい教育を受け、健康を守る権利がある。正しい情報を何も知らされず、身を守るスキルももたずに性行動を始めてしまう日本の子どもたちは、武器や防具を持たずに戦場にさまよい出て行くのと同じ危険な状態にある。無知のまま多くの誤った情報に踊らされ、誘惑されて性行動をしてしまう子どもたちに、自分の体と心を守るための正しい知識を与えよう。それが、実は自分たちこそ、これまで正しい知識をもたず偏見と羞恥で性を語れなかったおとなたちが、子どもたちに愛情を示せる唯一の方法だと私は考えている。
体は大きくて態度が悪く生意気でも、子どもたちは、本当は素直で傷つきやすい存在である。日本の未来を担う子どもたちに、勇気をもって精一杯、愛情を注いであげたいものである。
プロフィール
1958年青森県生まれ。産婦人科医。専門は周産期学、生殖免疫学。都立墨東病院産婦人科医長、女性のための生涯医療センター(2001年設立)所長を経て、2002年ウィミンズ・ウェルネスを設立し、代表を務める。また「性と健康を考える女性専門家の会」副会長として、女性の生涯健康に関するさまざまな情報提供、啓発活動を行っている。著書に、『女性外来が変える日本の医療』(築地書館)、『女性外来がよくわかる本』リヨン社など多数。
最近、スローライフとかスローフードとか、「スロー」をキーワードにした言葉が注目されている。“ゆっくり、のんびり”ということに価値を見いだそうというスローライフの考え方は、10年くらい前からヨーロッパを中心に広がってきたものだ。スピードや効率を求め続けてきたこれまでの暮らし方から180度の発想転換は、ここに来てようやく、人間らしい生き方とは何かに気づき始めた現れだろう。
ところで、成人学習の現状をみると、趣味・教養講座や単発の講演会などいわゆる手軽に知識や技術を得るものが主流を占め、学習者自身が考え気づき成長するようなじっくり型の講座は、残念ながらあまり多くない。
エンパワーメントのための学習は、思考する“ゆとり”やコミュニケーションする“豊かな時間”が欠かせない。
今、学びのスタイルにも「スロー」な視点での見直しが必要ではないだろうか。