松本侑壬子・ジャーナリスト
『デブラ・ウィンガーを探して』(アメリカ映画/97分/ロザンナ・アークウェット監督)
デブラ・ウィンガーは、たとえばジュリア・ロバーツやキャメロン・ディアスほどには今の映画ファンの間で知られていない。さりとて、熟年世代が懐かしむというわけでもない。それも道理で、彼女は2〜3本の話題作に出て「これから」と言うときにスクリーンから突然消えてしまったのだ。そのウィンガーを探しているのは誰か、そして何のために−この映画の面白さはそこにあり、私などには感慨深いとすら言える。
ハリウッド女優のロザンナ・アークウェットは、子どもを産み、40歳を迎えるにあたって、この映画製作を思い立った。仕事と家庭−それは世界中の働く女性にとって永遠の課題である。他の人はどうなのか?とりわけ、「愛と青春の旅立ち」「愛と追憶の日々」などで人気絶頂期に妊娠を機に役を他人に譲り、1996年には「家庭を守るため」女優を公式に引退、5年後の2001年に夫の監督作品で復帰したデブラ・ウィンガーには「なぜ女優を辞めたの?」とぜひ聞いてみたかった。
ロザンナは小型ビデオカメラを手に、これぞというハリウッド女優たちに体当たりでインタビューを始める。画面に登場するのは同じ問題を抱えて奮闘中の同世代の女優たちばかりでなく、ジェーン・フォンダ、シャーロット・ランプリング、ヴァネッサ・レッドグレイブ、ウーピー・ゴールドバーグらすでに孫もいる大物たちを含めた34人。メグ・ライアンは自宅の台所で、フランシス・マクドーマンドはホテルのパウダー・ルームで、と言った具合に、私たちがスクリーンで見る姿とはかけ離れた素顔で実に率直に、抱える問題を打ち明ける。
たとえば、40歳を超えるととたんに襲ってくる年齢差別(仕事の激減)との闘い、子どもを置いて仕事に出ていくつらさ。年をとるということと仕事のやり方との関係…。とりわけ、年をとって実力がついたころに求められる役柄とのギャップの大きさ。ロザンナ自身が抱える迷いや悩みは、実は有名無名を問わずハリウッド女優らに共通な問題であり、それはまた働く女性として決して特殊なものではないことがたちまちにして浮き彫りになる。そして、それぞれが語る言葉の何とたくましいこと。
「働く女は働いてなきゃならない。女優であれ何であれ、役割を果たさなきゃ」「年齢を重ねてみて、情熱とは人の心を溶かすようなもの、優しく心を開かせるものと思うようになった」「もう若いころのように自分をアピールしながら群をなすような仕事はできない。何かのためになる、必然のある仕事でなければ」。そして、「40代は、女がいちばん力をもっているとき」と。
ハリウッド女優という華やかな存在も、女性差別という面では社会の他の仕事と何ら違いはない。むしろ目立つ分だけ露骨ですらある。この映画が説得力をもっているのは、ハリウッド・スターの打ち明け話といった覗き見的な興味からではない。逆に、ジェンダー問題には聖域も例外もない、ということを「フェミニズム映画を作るつもりはなかった」ロザンナが、当事者として見事に描き出したところである。
子育て中の女性の生涯学習を支える縁の下の力持ちが、保育ボランティアグループだ。
先日、ある保育グループのリーダーに「今の課題は何ですか」と聞いたところ、「“保育の質”を高めるための研修ができていないという答えだった。
「子どもが大好きだけではすまないんです。子どもを預かる側の責任として“安全の確保と保育の質の向上”は欠かせません」と語るリーダー。
預ける側の親たちにどんな声かけをしてよい関係をつくるか、また子どもたちに対して女の子・男の子と区別せず、自由な発想の遊びを提供しているかなどなど、保育者としての必要な知識なスキルは、ますます求められるようになってきている。
ただ、保育の質を高めるためには、知識やスキルよりもまず、保育者が気になったことを率直に親に伝えられる、そんな信頼関係をつくることではないだろうか。「最近の親は…」と思う場面もあると思うが、保育者はいつでも親と子どもの味方!であってほしい。